こつこつと牛蒡切るなり成人の日
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呪文のように書いたこつこつ。

昔から好きなことには時間をかけて習得していくことに、喜びを感じる性格ではありました。(反対に瞬発力は皆無でしたが)
なので、今年もより一層こつこつと持久力を発揮してまいりたいと、年初の目標を掲げてみるのです。
そうなんです。
今度の日曜には、こつこつと足を前に前に繰り出して、こつこつと舗装路を蹴って、こつこつと1〜20というキロ数を数えていくという作業が待っていたりします。
こつこつこつこつ、気がつけば自分に言い聞かせていたりします。
20キロ走り終わったら、見える世界が違うのかも。
(いえ、20キロくらいでそんなこと言ってたら、フルを走る人に笑われますね。)
ひとりで20キロを走ることと、多くの人たちと一緒に風を受けるのと、どう違うのか
新宿という都会の風景はどう見えるのか

とにかくこつこつ。

折にふれて読んでいる(バイブルと言ってもいいかもしれない)村上春樹著「走ることについて語るときに僕に語ること」から
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僕は走りながら、ただ走っている。僕は原則的には空白の中を走っているる。逆の言い方をすれば、空白を獲得するために走っている、ということかもしれない。そのような空白の中にも、その時々の考えが自然に潜り込んでくる。当然のことだ。人間の心の中には真の空白など存在し得ないのだから。人間の精神は真空を抱え込めるほど強くないし、また一貫もしていない。とはいえ、走っている僕の精神の中に入り込んでくるそのような考え(想念)は、あくまで空白の従属物に過ぎない。それは内容ではなく、空白性を軸として成り立っている考えなのだ。
走っているときに頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。いろんなかたちの、いろんな大きさの雲。それらはやってきて、過ぎ去っていく。でも空はあくまでも空のままだ。雲はただの過客(ゲスト)に過ぎない。それは通り過ぎて消えていくものだ。そして空だけが残る。空とは、存在すると同時に存在しないものだ。実体であると同時に実体ではないものだ。僕らは茫漠とした容物の存在する様子を、ただあるがままに受け入れ、呑み込んでいくしかない。
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箱根駅伝、サッポロCM_■
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by calligraphy_m | 2012-01-09 19:18 | 墨(和)
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