はる空に手をかざすとも鳥飛ばず
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嗚呼。
お気に入りの豆皿が。
クリームを塗ったぺとぺとの手で、器を触ってはいけないという教訓が得られました。

温泉卵を作るべく、早く常温に戻さねばということで、ただいまエプロンのポケットで温めてます。
絶対に割ってはならぬという緊張。

実家に行く。姪も来訪しており、久しぶりの再会。
母が高校生の時に、こぶとり爺さんのヒヤリングを聴いて書き取るという英語の授業にて「先生がね、ほっぺたを膨らませたから、ああ、これはこぶとり爺さんの話だなってピンときて書いたら、クラスで一番いい点数を取ったのよ」という母の得意話。私の幼少時から耳たこ状態、何度聞かされたことか。
それを孫(私にとっては姪)にまでするものだから、「おばあちゃん、それ、何度も聞いたよーー」(子どもって時にひどく残酷になるのだ)
その孫の残酷なひと言によって、以来、こぶとり爺さんの得意話は二度とされることはなくなった。(姪と久しぶりに会ったことで思い出した些細な私の記憶)

おおかたの記憶が薄れつつある母にとっては、こんな些細な記憶は残るはずもなく。

先日の私の高校のクラス会でも「いつも凝った美味しそうなお弁当だったよねぇ」と当時母が作ってくれたお弁当の話題が出るのだけれど、母に言っても「そうだったっけ?」と記憶を辿る術も忘れてしまったかのようで。

果たして、人の記憶ってどこに仕舞われるのだろうという疑問。
そんな中でも残る記憶ってどんなだろうという疑問。
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by calligraphy_m | 2012-02-09 18:30 | 墨(象)
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呼吸するように書く
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