街の新陳代謝
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「長らくご愛顧を賜りまして...」と手書きの紙きれが風にひらひら。駅前の本屋さんのシャッターが閉まっていた。レジを守る偏屈そうな親父と共に、いつか買われるのをじっと待っている本がみっちりと並んでいた本屋さんだった。少し暗めの蛍光灯がじぃぃぃっと灯っていて、ずっしりと本に包まれる感覚(重い掛け布団にくるまって寝るような)を好ましく思っていたんだっけ。その感覚を思い出して、あーーっと残念な気持ちが湧いてくる。

数日前のこと、わたしはその通り沿いに新しくツタヤができるのをにんまりして見ていたんだ。一階には、たくさんの本棚が大量の本とともに並べられるのを待っていた。そうか、そうか、ツタヤができるからあの本屋さんは閉めたんだ、と数日前の喜びが半減。ううむ。
そういえば、そのツタヤができる前は角材がいっぱい立てかけてある、今時珍しい材木屋さんだったんだ。ちょっと覗くと、だだっぴろい広場にぽつんと手桶井戸が見えたんだった。

こうして街は新陳代謝を繰り返していく。
本屋さんの跡にはどんなお店が入るんだろう、と思いながらとぼとぼと歩く帰り道。
そして沈丁花の香りが鼻をかすめる。
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by calligraphy_m | 2008-03-11 22:38 | 墨(和) | Comments(6)
Commented by fastfoward.koga at 2008-03-11 23:32
あ~、なんか沁みますね。
確かに大きな品揃えがいい本屋さんができるのはうれしいのですが、新陳代謝の中で一抹の寂しさを感じます。
春なのになぁ。
どうしてこんなに寂しいのだろう。

追伸
授賞式、お疲れさまでした。
世の中にはいろんな人がひろんなブログを書いているようですが、個人的にはcalligraphy_mさんには「らしさ」満載のままで続けていってほしいなぁと思ってます。
Commented by kazuyoo60 at 2008-03-12 10:13 x
この街はどこでしょう。なるほどの文字です。
本屋さんが閉店ですか。新しい本屋さんですか。仕方のないこととはいえ、個人のレベルではいろいろ考えさせられます。
沈丁花は我が家にも小さいのが咲いています。あの香りに、懐かしさも重なりますね。
Commented by soukichi at 2008-03-13 00:44 x
私の住んでる駅前にも大きな書学があって、いつも店内には私の好きなホルショフスキのピアノがかかっていて、ついつい長居してしまう本屋さんだったの。
でも私と同様に、買わなくても長居するお客さんが多かったせいでしょうか。
この辺りでは破格の品揃えだったのに、もうずいぶん前になくなっちゃった。
ものすごーくがっかりした。
以来、本屋でぼおっとする習慣がなくなった。
今そこはマツキヨ。
ファンタジーが現実にとってかわった感じです。
(あ、今日ロココさんの送ってくれた本でcalligraphyさんの書、見ました。にょほん♪)
Commented by calligraphy_m at 2008-03-14 00:18
>コガさん
春はうきうきするときもあれば、やけにせつないときがありますね。
それもこれも沈丁花のせいです。
振り返れば、別れの場面にはいつも沈丁花が匂ってたような。
クラス替えとか卒業式とかはもちろんだし、あのときの横顔に別れを告げたときも。
(なんか艶っぽい別れもあったわねーと大昔のことを思い出すのです。)

祭りは終わりました。
これからもゆるゆるっと、こんな感じで続けていくでしょう。よろしくね。
Commented by calligraphy_m at 2008-03-14 00:21
>和代さん
どこの街にも同じようなチェーン店が並ぶのも味気ないもので
なにかしらの特徴あるお店が残ってもらえたらいいんですけどね。
和代さんちのお庭の沈丁花も、いい香りがしてることでしょう。
そちらのブログに伺うと沢山のお花が咲き出していて、匂ってこないもんだろーかと鼻をくんくんさせてしまいます。
Commented by calligraphy_m at 2008-03-14 00:28
>そうきちさん
まぁ、本屋でぼおっとするなんて、なんて贅沢な時間でしょう!
バックミュージックに反応するなんて、さすがそうきちさん。
ファンタジーが現実に>>>残念だけど、それもしょうがないことなのねぇ。
わたしも、あの本屋さんではたいして買わなかったな。本にみっちりと囲まれることで、満足しちゃってたのね。

にょほん♪見てくれましたか。ありがとう〜
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